現代ビジネスの記事がYahooニュース他にも転載されました。:2024年12月27日掲載
両親から受けた虐待は深い心の傷となり、“虐待の世代間連鎖”が起きることも少なくない。合同会社serendipityが2023年に子持ちの20~50歳未満の男女4000人(男女各2000人)を対象に調べた「自身の虐待経験と親子連鎖」に関するアンケートでは、虐待を受けていない男女の約6割が「両親ともに未成年期に虐待を受けていない」と回答。
対して、自身または兄弟姉妹が虐待を受けていた男女で「両親ともに未成年期に虐待を受けていない」と回答した人は約1割と少なかった。
だが、そうした現状がある一方、我が子と関わる中で心の傷が癒え、虐待の連鎖を食い止める人もいる。ナレーターや声優、著者として活躍する中村郁さん(@0nqnn3J5BL3RbTj)も、そのひとりだ。
複雑性PTSDとは虐待やDVなど、長期的なトラウマ体験を機に発症すると言われている精神疾患だ。中村さんの複雑性PTSDには、両親の育児放棄も大きく関係している。
出産後に黄疸などの症状が見られた中村さんは、大きな病院へ入院した。大病が原因なのかわからないが、両親はすでに育てる意思を失っており、退院後は祖父母のもとへ引き取られた。
祖父母は中村さんをかわいがり、「親の愛も受けてほしい」との思いから生後半年の頃、両親のもとへ中村さんを戻す。だが、中村さんは泣きやまず、何も口にしなかった。その姿を見た両親は育てられないと判断。中村さんは、祖父母のもとで育つこととなる。
だが、物心つくと親の愛を求める気持ちが募った。中村さんには兄と姉がいる。2人は両親と暮らしており、夏休みには祖父母宅へ遊びに来た。
なぜ私は一緒に暮らせないのか…。きょうだいの生活が羨ましく感じられ、小学校入学前、中村さんは「親と暮らしたい」と祖父母に打ち明けた。
祖父母を通じて、両親にその意思を伝えてもらったが、返ってきたのは「受け入れられない」。ショックは大きく、深い悲しみから1週間、部屋から出られなかったという。
「祖父母には大切に育ってもらったので感謝しています。でも、いい子でいないと捨てられるかもしれないという気持ちは消えなかった。子どもの私には、何をしても許されたと思える場所がありませんでした」(中村さん)
傷ついた幼心は、近所に住む男性からの性被害でさらに深い傷を負うことになる。6歳の頃、公園で犬を連れた年配の男性とすれ違う。犬を触らせてもらった中村さんに男性は「来週も会おうね」声をかけた。
「祖母に話すと『本当にその人、大丈夫?』と心配されましたが、優しいおじさんだったし、犬を触りたかったので大丈夫と答えました」
しかし翌週会うと、その男性は中村さんが履いていたスカートの中に手を入れてきた。気持ち悪い。そう思ったが、何をされているのかは分からなかった。そうした行為を繰り返された後、男性から「もっと広いところへ行こう」と言われ、自転車に乗せられた。
着いたのは、田んぼ。膝に乗せられ、「盲腸の場所を知ってる?」と聞かれた。「分からない」と答えると寝転ばされ、下着を脱がされ、陰部を触られた。その行為で自分が何をされてきたのか気づいた中村さんは自宅へ逃げ帰った。男性は「また来週ね」と呟いたことが頭から離れない。
「家を知られていたので、翌週は祖母に頼んで自宅から遠い場所へ遊びに連れて行ってもらいました。心配をしてもらったのに気をつけられなかった自分が悪いと思い、性被害を受けたことは言えませんでした」
その後、男性とは近所のスーパーで偶然会うこともあった。目が合うと笑いかけられ、恐怖が全身を包んだ。できることならーー。でも、そうなってもあの人は幽霊になって家に来るかもしれない。深いトラウマを抱えた中村さんは悪夢にうなされ、電車など公共の場で男性の隣に座ることができなくなった。
性被害によって、性行為に対する考え方も歪になった。20代の頃は、性行為に対する両極端な思考に苦しんだ。男性恐怖症のような症状が現れ、性行為に対して潔癖な考えを抱く一方、ひとたび肉体関係を持つと性依存に陥った。
「私は大事にされる人間じゃない」「体を差し出さないと愛してもらえない」との思いから依存的な恋愛を繰り返した。恋人に「父親」を求めていたのだろう。
恋人に「親の愛」を求めてしまうのは、愛着障害の症状のひとつでもある。愛着障害とは乳幼児期に養育者との関係が複雑な場合に起きうる精神疾患のことで、複雑性PTSDに苦しむ人は、愛着障害も併発していることが少なくないと言われている。
「私はずっと親の愛情を求め続け、同時に自分は価値がない人間だという想いが付きまとっていました」
過去の傷と虚しさに苛まれながら過ごしていた20代には、母親からの“突然の接近”に傷つきもした。「これまでのことをなかったことにしてほしいから謝りたい」と言われて再会したのだ。
中村さんは、一度は母の謝罪を受け入れたが、捨てられた理由が分からず、納得できなかった。そこで理由を尋ねたところ、母親は豹変して怒り狂った。
あんたなんか産みたくなかった――。
「父親もいまだに理由を教えてくれません。自分のために母との接触はやめましたが、私の命は望まれていなかったのかと思うと辛くてたまらず、自死を考えるようになりました」
これまで心に刻まれたトラウマを思い出さないよう、考えないようにしていても“悪夢”という形で現れ、フラッシュバックを起こした。手足が震え、パニック障害のような状態になったことから精神科を受診し、複雑性PTSDであると診断された。
病名が判明すると、症状に応じた薬が処方される。結果、精神安定剤を服用し、不眠は解消した。だが今度は薬に依存してしまう。長年染み付いた「自分には価値がない」という思考は、薬では解決しようがなかった。
それでも、全国ネットのナレーターとして活躍したりキャラクターの声優を務めたりするなど精力的な日々を送った結果、今を生きることの糧を少しづつ見出していく。そして2016年には同業であるナレーターの夫と結婚し、2人の娘を授かる。
我が子の誕生は、大きな転機となった。愛する子どもたちは、心を照らしてくれたからだ。自分の手で作った家族と過ごし、子育てを通して我が子を愛でる中で複雑性PTSDの症状は良い方向に向かうようになった。
「悪夢を見たり、冷や汗が出たりするなどのフラッシュバック症状が軽減しました。子どもたちと過ごす中で心の傷が癒えていったんです」
子育てをする中で知ったのは、子どもは何にも代えがたいほど愛しい存在だということ。そんな存在を手放さなければならなかった両親には、よほど深い事情があったのだろう。そう思えるようになったことで、親を憎む気持ちも少しずつ消えていっている。
依存していた精神安定剤も現在は毎日、少量の服用に。フラッシュバックは医師に組み合わせてもらった2種類の漢方薬を飲み、対処している。
なお、薬で改善していた不眠症状との向き合い方にも変化が起きた。縁あって迎えた愛犬と散歩をするために早起きし始めたことで、症状が自然に改善されていったのだ。
「不眠が改善されると、精神も安定していきました。愛犬がそばにいたり、一緒に寝てくれたりしたことも不眠症状の改善に繋がったと感じています」
「自分が親からされて辛かったことや言われて傷ついたことは絶対にしないと心に誓い、子育てをしています」
そう話す中村さんは自身の経験を踏まえ、我が子が性被害などに遭わないよう、自分の身を守る術を教えてもいる。
「知っているのと知らないのとでは、警戒心が変わる。私がそばにいない時でも自分を守る方法を覚えてほしいと思っています」
また、自身が性被害を誰にも打ち明けることができなかったことも複雑性PTSDの発症に繋がったと思っているからこそ、性被害に遭った子どもが安心して話せ、頼れる場所が社会に設けられることを願っている。
「私は悲しませたくない、心配をかけたくないとの思いから育ててくれた祖母にも性被害を言えず、大人になるまで胸のうちに留めていました。まだ子どもなのに大人からそんな目で見られ、変なことをされたのが恥ずかしいという気持ちが大きかったのも言い出せなかった理由です」
あの時、受け止めてくれる大人や場所があれば、ここまで心の傷を引きずることはなかったかもしれない。そう感じるがゆえに、中村さんは幼い心が守られるよう、頼れる場所の情報が性被害に遭った子どもに届きやすい社会になることも望む。
少しずつでいいから、自分が自分であることに誇りを持って生きていきたい――。価値がないと思い込み生きてきた中村さんは心休まる家族を作れたことで、そんな目標を掲げられるようになった。
「心の傷を癒すことは難しいし、価値がないと思ってしまうのはとても辛いこと。でも痛みを知っている人間は、痛みを知らない人間よりも優しくなれると信じています。私も頑張るから、一緒に一歩ずつ前へ歩いていきましょう」
似た苦しみを抱える複雑性PTSD当事者に、そうエールを送る中村さん。彼女の回復は生まれ落ちた家庭に絶望しながらも、“家族”としての繋がりを求めなくてはいられない人の心に刺さることだろう。
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